東金市の観光情報

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東金市観光協会ウェブサイト をご覧ください。

 

アクティビティ

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東金の歴史~先人の足跡を辿る

東金を訪れる前に知っているとさらに観光が楽しめる東金の歴史についてご紹介いたします。
 

東金のあけぼの

旧石器時代および縄文時代の遺跡の多くは、丘陵地帯に分布しています。現在、最も古い住居跡は縄文時代早期、約7000年前と考えられるものが発見されています。これから約5000年間、悠久な縄文文化が東金においても開花しました。
 

東金の礎を築いた酒井氏

室町時代に東金を支配したのは、土気城主・酒井小太郎定隆でした。定隆により、領内全域が日蓮宗に改宗されたと伝えられています。隠居後の大永元年(1521)に三男隆敏とともに東金城へ移ったとされ、5代にわたって東金酒井氏がこの地を治めます。城下町として現在の町並みの原形が築かれたのもこの時代でした。
 

問屋町として栄えた江戸時代

江戸時代、東金は徳川幕府の直轄領となりました。鷹狩りに来遊するため東金と船橋を結ぶ御成街道がつくられ、また東金と海岸を結ぶ御成新道も同時期につくられました。この道を通って九十九里の海産物が東金に集まり、江戸へ運ばれるようになります。東金は問屋町として発展し、「上総の黄金町」とうたわれました。
 

明治維新後の東金

廃藩置県を経て、東金は明治2年(1869)に宮谷県、同4年に木更津県、そして同6年に千葉県の管轄となりました。明治22年の町村制で8町村が誕生。これら8つの地区は互いに協力し合いながら近代化への道を歩んできました。
 

東金市の誕生

昭和29年4月、県下13番目の市として東金市が誕生しました。東金町と、福岡村・源村の大部分が合併し、人口3万4681人、世帯数6348戸、面積90平方キロメートルでスタート。商業のまち、農業のまち、林業のまちが一体となって、新たな田園都市への第一歩を踏み出したのです。
市制施行後すぐ、行政、産業、教育の各分野で、市としての基礎づくりが一気に進められました。中学校の統合、道路網の整備、ガス事業、有線放送事業、雄蛇ヶ池浄水場建設等を次々に実施。さらに、世紀の大事業として国営で進められた両総用水事業の主要工事も完成し、東金市発展の土台が固められました。